2018年5月27日日曜日

書評:佐藤洋一郎『食の人類史』(中公新書、2016)

相澤ゼミの参加者は毎週一冊新書を読み、ゼミで内容を報告しています。Rさんがゼミでの報告をもとに佐藤洋一郎『食の人類史』(中公新書、2016)の書評を書いてくれました。同書の面白さが伝わる書評を、ブログにも掲載したいと思います。


 本書は、ユーラシアの狩猟・採集、農耕、遊牧を中心に食と関わる人々の動きや歴史の概要を眺めたものです。著者は、各地域の食文化や風土は密接に関わっていて、それゆえ思想や文化に大きな影響を及ぼすことがあると述べます。その例を二つ紹介します。

 一つ目はパッケージの違いがもたらす思想についてです。人が生物として生きるのに欠かせない栄養素として糖質(炭水化物)とタンパク質が挙げられます。各地域に定住した人類社会は、この糖質とタンパク質を同じ場所で生産し、かつ一体的に調理して食べるシステムを作り上げてきました。本書では、これを「糖質とタンパク質のパッケージ(同所性)」と呼びます。例えば糖質を米から、タンパク質を魚から主に摂取していた地域は「米と魚のパッケージ」に当てはまります。このパッケージの違いは、各地域の思想―ここでは主に宗教―に大きく影響を及ぼすことがあります。例として、東洋に多い「米と魚のパッケージ」と西洋に多い「麦とミルクのパッケージ」を比較します。米と魚のパッケージでは、動物性の食材の多くが魚などの天然資源由来であるのに対して、麦とミルクのパッケージでは、その主要な部分が家畜という「人が作った動物」に由来します。つまり、前者は狩猟という生業を食のシステムに組み入れたのに対して、後者は狩猟や採集とは距離をおくシステムです。後者のシステムは、キリスト教やユダヤ教、イスラム教の考え方に繋がると著者は述べています。すなわちキリスト教では「家畜は神が人に与えたもの」という思想に、ユダヤ教やイスラム教では広範な野生動物の摂食に対する躊躇、ないしタブー感へとつながるのです。このようにパッケージの違いは、大きな思想構造の違いをもたらします。

二つ目は私達になじみ深い和食文化についてです。和食文化は2013年ユネスコの無形文化遺産に登録されました。和食の基本は一汁三菜とされますが、この中の「汁」は豊富な水の存在を背景にしています。出汁のうまみを引き出すためには、多様な魚が手に入ることや、軟水があることが必要で、日本はその条件を備えています。また、日本列島が南北に長く気候の変化に富むこと、火山列島であって複雑な地質を持つことから、採集の対象となる植物資源も多様です。さらに、日本にある明確な四季は和食に欠かせない「旬」をもたらしています。遺産として登録されるまでとなった和食文化はこうした風土と密接に関わり合い、支えられているのです。

このように食の歴史について知るということは同時に風土や文化などの理解を深めることにも繋がります。各地域の現在の姿に至るまでの過程を、食を通して見ることも面白いのではないでしょうか。