2020年3月2日月曜日

Stage à Paris(Oさん編)


ゼミ生のOです。私達相澤ゼミでは29日から17日まで海外ゼミ研修としてフランス共和国のパリに行きました。今回は、その報告をします。

1日目
仁川空港の検疫レーン
 初日、早朝に集合場所である成田空港に集合しました。しかし、そこで経由地である仁川~パリの飛行機が天候不良で12時間遅れている事が判明。思わぬトラブルも有りながらもまずは経由地の仁川まで向かうことになりました。到着した仁川国際空港では、新型コロナウイルスの影響で中国から来た人は検疫を受けるレーンが設けられていました。仁川では12時間待ちながらも欠航にはならず12時間遅れでパリに向けて出発しました。

2日目
エトワール凱旋門
 飛行機の遅れで本来のスケジュール通りには行かなかったものの、早朝にパリのシャルル・ド・ゴール国際空港に到着。空港からはホテルに直行しました。
 ホテルに到着後はしばらく休憩した後、午後からは交通パスを購入して地下鉄でエトワール凱旋門やエッフェル塔と言った有名な建築物を見学しました。パリの街並みは日本とは大きく異なり、昔ながらの古い建物が並んでいて非常に計画された都市だと感じました。
 パリの名所を見学した後は、ホテル近くのスーパーで食べ物を買って部屋で軽くメンバー全員で打ち上げをしました。

3日目
モスク

 この日は、午前中にパリにあるイスラム教徒の礼拝場モスクに行きました。フランスと聞くと「キリスト教カトリックの国」という勝手なイメージというのが私達日本人の間にはあるでしょう。しかし実際には、フランスの植民地であった北アフリカや中東との関係もあり、フランス及びパリの中には一定数のイスラム教徒がいます。その為、パリ市内にもいくつかのモスクがありその中の一つを今回見学しました。モスクの外観は、伝統的なイスラム建築の風格をしており、ここが中東のどこかの国にいると思えるほどです。内部には、とても美しいモザイク模様の壁が待ち受けていました。他にも、モスクには中庭があり庭師がイスラム庭園の手入れをしていました。礼拝をする部屋は神聖な場所と言うこともあり見学は禁止されていましたが、モスクの内部は大都会パリの中にはいると思えないような静けさで、落ち着いた場所である事が印象的でした。モスク見学後は、隣接するカフェで主に北アフリカのモロッコで飲まれるミントティーを一杯飲みました。ミントティーの味は、ミントの香り以上に甘かったです。

 フランスにおけるイスラム教徒は、過去に一部のイスラム過激派によるテロ事件が発生した事もあり、フランスなどヨーロッパ各国では差別の対象ともなっています。そのこともあってフランスに行く前はそうしたネガティブなイメージが強かったですが、実際にモスクを訪れると異なる宗教であっても受け入れる寛容なフランス社会である事が感じられました。

 モスクの次には、国際大学都市に行きました。国際大学都市は、フランスに留学している学生のための寮が集まっている場所です。寮の建物は国別になっており、世界中様々な国の寮が敷地内に密集しています。敷地内には、フランス人の他にも世界各国の国の学生が生活しており、とても国際的な場所だと感じました。

 国際大学都市を散策した後には、サクレクール寺院に向かいました。サクレクール寺院のある場所はパリの高台にあるため、パリの街を一望できる場所です。到着した時は、強風が吹き荒れていて時より雨が降っていましたが、パリの街を眺められました。

 次に訪れたのは、ホロコースト博物館です。ホロコーストとは、第二次世界大戦中にナチスによって大勢のユダヤ人が虐殺された事を言います。ユダヤ人に対するホロコーストはナチスに占領されたフランスでも行われ、大勢にユダヤ人が殺害された事実があります。そのような歴史上の悲劇を現代に伝えるためにこの様な博物館があります。博物館の見学はスケジュールの都合上短い時間でしたが、当時の資料など様々な展示品が展示されています。

ホロコーストと聞くと、ナチスが主導して一方的にユダヤ人を虐殺下というイメージが強いかも知れません。しかし、ナチス占領下のフランスでは一部のフランス人がナチスと協力してユダヤ人への迫害に関与した事実もあります。ナチスに占領され、戦争の「被害者」としての立場もあるフランスですが、ホロコーストに関与した「加害者」としてのフランスの立場もまた事実です。フランスでは、都合の良い歴史だけで無く様々な立場から歴史を見直す動きがある事をこの博物館からは学びました。

ロシア正教会外観
 この日の最後に訪れたのはパリ中心部にある「ロシア正教会」です。ロシア正教会では、相澤先生のご友人であるロシア人のエカテリーナさんと待ち合わせ、彼女に案内させてもらいました。移民国家であるフランスには、様々なルーツを持つ人々が暮らしています。その中でも同じヨーロッパ内の移民として多くのロシア人がフランスに渡っています。エカテリーナさんによると多くのロシア人がフランスに移民したきっかけとして1917年のロシア革命が影響していると話していました。

ロシア正教会内部



案内では、教会についても色々と教えてくれました。例えば、教会にある一枚のイコン(キリストや聖人などの聖画像)は、かつてナポレオンがロシア遠征の際に盗みその後ロシア人女性がオークションで落札したという逸話を教えてくれました。

 ロシア正教会は、教会内に「椅子がない」と言った西方教会(カトリック、プロテスタント)との違いも発見しました。この日の見学からは、フランスに移民として渡ってきた人々の心の拠り所として教会やモスクが大きな役割を果たしている事が感じ取れました。

4日目
教科書でおなじみの太陽王ルイ14世の肖像画
 この日は、あの有名なルーヴル美術館に行きました。ルーヴル美術館には朝早くに着きましたが、さすがに世界有数の美術館というだけあって世界中から大勢の観光客が訪れていました。最初はこの時期に開催されていたレオナルド・ダ・ビンチ展を見学しました。ここでの展示は、レオナルド・ダ・ビンチが描いた絵画の他にも難解な設計図などが展示されていました。その後は各自自由に行動する事となり、その他の常備展も見学しました。ルーヴル美術館は想像以上に広いため展示を見て回るだけで疲れましたが、本でしか見たことのないような有名な絵画を直接鑑賞出来て感動しました。

夜のルーブル
 昼食を取った後は、美術館に隣接する公園を散策しエッフェル塔に向かいました。エッフェル塔の周りにはテロ対策の為に透明なガラス板が設置されていました。世界的な観光地であるエッフェル塔に登るためにチケットを買うのに約1時間並びました。エレベーターで展望台に登るとパリの美しい街並みが一望できました。東京のように高層ビルが少ないので、遮るものが無いのが日本の街との違いだとも感じました。登った時間はちょうど夕方であったため、徐々に空が暗くなって美しい夜景が見られました。

 エッフェル塔の次には、再びルーヴル美術館に向かいました。夜のルーヴルはライトアップがされており、昼間とはまた違った雰囲気が味わえました。

展望台からの眺め
夜のエッフェル塔





















5日目
ヴェルサイユ宮殿
 5日目と6日目は自由行動となっていたので5日目にはパリから電車で3040分にあるヴェルサイユ宮殿に行きました。宮殿の内部には様々な宗教画や王族の肖像画が描かれており、フランス王朝の華やかな歴史を感じました。受付では無料の日本語ガイドオーディオを借りたので、各部屋の説明を聞くことができて勉強になりました。宮殿を出て外の広大な転園には、見事に規則正しく整備されたフランス式庭園がとても印象的でした。庭園はとても広かった為に歩いての移動はとても疲れました。

6日目
 6日目にはゼミ生全員でディズニーランドに行きました。パリのディズニーランドは思ってたほど広いわけでもなくアトラクションの待ち時間も長くても1時間程度待たされる程度でした。夜の閉園前のプロジェクションマッピングでは、Let it go(フランス語Libérée, Délivrée)の曲が流れると盛り上がっており、フランスでも人気があるのだと実感しました。

7日目
 7日目には、最初に移民博物館を訪れました。博物館では、時代やジャンルごとにフランスに渡ってきた移民についての展示がされています。

 フランスの移民の歴史は、大航海時代以降に他のヨーロッパ諸国と同様に植民地を獲得していった事に始まります。そこで労働力として現地人を「奴隷」にした事から、フランスにもヨーロッパ外の人がやって来ます。この時の奴隷貿易によってやって来た人々がいわば「最初の移民」とも読み取れます。その後、植民地を拡大していったフランスは、アメリカ大陸、アフリカ、中東、アジアなど世界中に植民地を抱える事になりました。

 フランスに移民としてやって来た人々の理由は、強制的(奴隷)や経済的、政治的混乱など様々である事が展示から伺えます。移民は最初、フランス社会に溶け込めなかったですが、戦争で兵士として戦う事で同じ「フランス国民」という意識が芽生え徐々に受け入れられてきた事は興味深いです。また、移民とフランスに元々いた人が「結婚」を通じて「家族」になる事が移民の受け入れに繋がると展示されていました。

これまでのパリ滞在でも街中には様々な人種の人々がいると感じていました。フランスはこれまで様々な地域から「移民」を受け入れてきた国でもあり、長い時間をかけて移民を受け入れる社会になってきたのだと学びました。

8日目
 最終日となったこの日は、先生の紹介で日本語を学んでいる夫婦のカトリーヌさんとレオさんとカフェで交流しました。交流会では、先生の通訳の元ゼミ生からフランスに関する質問をする形で行われました。その中で私が「フランス人は雨が降ってもなぜ傘を差さないのか」と質問しました。すると、「日本のコンビニのように傘を買える場所が少ない事や乾燥しているのですぐに乾く」という答えを聞いて滞在で感じていた疑問が解消されました。

 その他にもゼミ生が文化や生活面に関することや政治に関することなど色々な質問をして、話が尽きないほどでした。しかし、あっという間に時間が過ぎて帰る時間がやって来ました。

 帰りも韓国の仁川を経由して遅れることなく日本に帰国しました。

 私は、昨年度も海外研修でスペインのマドリードに行きましたが、同じヨーロッパの国なので街の雰囲気や生活スタイル(例えば赤信号でも道を渡るなど)が似ている事も感じました。一方、フランスはスペインよりも積極的に移民を受け入れてきたので、街中にいる人々の人種も白人、黒人、アジア人、中東系など非常に多様姓に満ちている事に気づかされました。また、フランスに行く前は、治安やストライキの他にコロナウイルスによるアジア人差別のニュースを聞いていたので少し不安はありました。けれども現地に行ってみると、差別される様な事はなく、普通に観光を楽しめました。

 今回のフランス研修では、様々な文化・生活の違いを体験しました。違う国に来て改めて日本のほうが優れている点やフランスに学ぶべき事が発見できてとても有意義な研修でした。

Merci beaucoup! Au revoir!