2024年6月28日金曜日

課外活動:読売交響楽団演奏会

 今年最初の課外活動として、6月28日の夜にサントリーホールで開催された読売交響楽団の演奏会に出かけました。あいにくの雨模様でしたが、ホール内は熱い空気にあふれていました。

プログラムは、ハイドン:交響曲第22番 変ホ長調「哲学者」、ヴィヴァルディ:「四季」から"春"(ギター独奏)、武満徹:「虹へ向かって、パルマ」、ストラヴィンスキー:バレエ音楽「春の祭典」です。

私自身にとっても二年ぶりの演奏会。生の音の迫力に圧倒された、大満足の二時間でした。以下は参加学生10名の感想です。

Cさん

コンサートを鑑賞した感想は、自分たちがいつも聴いている音楽とは違って、音そのものに滑らかさを感じることができた。また、様々な楽器から奏でられる音で人物像や感情、状況を表現している様子を感じることができた。

その中でも、『虹へ向かって、パルマ』が非常に印象に残っている。この曲の良かったところが、音で哀しみを表現していて、聞いていて人物像が容易に想像できるところである。

自分はコンサートには滅多にいかないので、今回のような経験は知見を広げるにも非常に役に立った。次回もこのようなイベントがあれば是非参加したいと思う。

Eさん

私は恐らく初めてオーケストラに行きました。会場の雰囲気より先に、きらびやかな照明に息を呑みました。

私はつい最近、西洋音楽史という本を読んだので今回のオーケストラが楽しみでした。ストラヴィンスキーの『春の祭典』では、強音が11回連打される場面がありました。まさに、いけにえが選ばれる情景が浮かびました。強烈なリズムや打楽器の乱舞、静かな音色で以て、なんとなくですが、音楽による感情表現の一端に触れたような気がします。プロの演奏家や長くオーケストラに足を運ぶ方が、演奏のどのような場面で音楽による繊細な感情表現を味わっているのか、とても気になりました。また、豊かで繊細な感情表現を味わった先に、どのような気持ちが湧き上がるのだろうと疑問が生まれました。

驚いた事でいうと、長尺で行われる割れんばかりの鳴り止まない拍手や、演奏終了直後に聴衆が発した長友ばりのブラボーの声です。その場にいる全員が、演奏家たちに向けた拍手喝采は、言い表せない程に美しかったです。

MKさん

先日、サントリーホールで開催されたクラシック音楽コンサートに行ってきました。演奏されたのはハイドン、ヴィヴァルディ、武満徹、そしてストラヴィンスキーの作品でした。それぞれの演奏が本当に素晴らしく、印象に残るひとときでした。

まず、ハイドンの作品から始まりました。この曲は特にホルンとオーボエの掛け合いが素晴らしかったです。演奏者たちの繊細なアンサンブルが見事でした。次に演奏されたヴィヴァルディの作品は、ギター独奏という珍しい編成でした。軽やかで明るい旋律がギターの音色で表現され、華やかな演奏でした。私は吹奏楽でフルートをやっていたこともあり、その技術と表現力の凄さに圧巻されました。武満徹の作品では、現代音楽ならではの独特な響きが印象的でした。細やかな音色が素晴らしく、特に各楽器の掛け合いが絶妙で、作品全体の神秘的な雰囲気を一層高めていました。最後に演奏されたストラヴィンスキーの作品は、圧倒的な迫力と複雑なリズムで、圧倒されました。特にフルートの高速連符や不規則なリズムの中での正確な演奏は全体のダイナミックさを際立てていました。

今回のコンサートを通じて、普段では聞けないような多彩なクラシック音楽の世界に触れることができました。またクラシック音楽の幅広さと奥深さを再認識し、改めて音楽の素晴らしさを知る良い機会となりました。

KTさん

コンサートに参加するのが初めての経験だったので会場の雰囲気や拍手の量など感じる全てが新鮮だった。体験して特に驚いたのが指揮者の動きが思っていたよりも大きく全身を使って指揮を行っていたことだ。手だけでは無く身体を大きく使っていたのでコンサート初心者の人でも音の一体感を視覚的に感じ取ることができた。楽団の方だけでは無く聴いている観客にも一体感があった。拍手のタイミングや咳払いを音が止むまで耐えている観客を見て聴いている人もコンサートの一部となって作り上げていることがわかった。おそらく観客の方々は音だけでは無く指揮者の動きや会場の荘厳な雰囲気、観客の一体感を感じるために足を運んでいるのだと理解した。とても新鮮な経験をすることができた。

Kさん

オーケストラは初めて観ましたが、とても感動しました。今までなんとなく音楽を聴いて、これがなんの楽器なのか、意識したことはありませんでした。しかし、今回のオーケストラで一つ一つの音を注目して見ることが出来たので、とても楽しめることが出来ました。またの機会があれば行きたいと思います。

EMさん

初めてのオーケストラのコンサート、私は授業の関係で2部から参加しました。30分間の演奏はあっという間でした。繊細で大胆なオーケストラの迫力に、いつの間にか自分の心臓はドキドキ。特に指揮者の後ろ姿は、なんだかスポーツ観戦のような激しさを感じました。人生初のオーケストラで興奮体験を味わえて幸せでした。

RMさん

演奏中観客は皆静かにしていたが、演奏が終わってから咳をしたりして配慮が感じられていい気持ちになりました。また演奏が終わったあとの拍手も長く、演者に感謝を伝える手段としてとても良い方法だなと思いました。私が特に気に入ったのは武満徹「虹へ向かって、パルマ」で、ギターの村治佳織さんの圧倒的な演奏に胸を打たれました。

Hさん

今までオーケストラのコンサートには行ったことがなかったのでとても貴重な経験になりました。クラシックの曲を沢山知ることができたのはもちろんのこと、指揮の特徴、自分の知らない楽器など普段知ることの出来ない学びを得ることが出来たと思います。

RSさん

今回は初めてのコンサートでした。普段はコンサートにいって演奏を聴くという機会がないので、いい経験になりました。いつもイヤホンで聴く音楽とは全く違う音質でした。遠い距離で演奏しているのに、音が近くに聞こえ立体感がありました。こんな貴重な体験はなかなかないのでまた行きたいと思いました。

STさん

初めてのクラシックコンサートで、ストラヴィンスキーの「春の祭典」に圧倒された。指揮者がタクトを持たず、踊るように指揮する姿に驚きつつ、音楽の迫力に引き込まれた。バレエ音楽のストーリーを知らずに聴いたことは心残りだが、音楽の魅力を十分に感じられた。次は作品背景も学んでから、より深く音楽を味わいたい。



2024年6月26日水曜日

2024年度 前期第12回

経済学部2年のIです。6月も最後の週になり1年の半分が終わろうとしています。本当にあっという間で怖いです。さて、今回はA班の新書報告です。

Kさん 長沼 毅 井田 茂 『地球外生命』岩波新書、2014年

本書は、地球外生命体がいるかどうかを、生物学者2人が生物学と天文学の観点から検討しています。生物学的には、人間のような知的生命は多細胞であり、大きなエネルギーを持っていなくてはならないので、知的生命が存在できる環境を地球外に見つけるのは難しい、と推察しています。天文学的には、宇宙は広いからどこかしらにはいるのではないか、という考察でした。2人が研究を始めた理由は、我々は人間以外でしかわかり合えない孤独な生命なのか、という疑問からなのだそうです。

地球外生命体は本当にいるのでしょうか。いたらいたでどういう生物なのか気になりますが、公表しないでほしい気持ちもあります。みんなが想像力を働かせて、地球外生命体について語る場も好きなので、複雑です。

Tさん 澁谷智子『ヤングケアラー 介護を担う子ども・若者の現実』 中公新書、2018年

本書はヤングケアラーの現実を解説しています。Tさんは、ヤングケアラーの問題点を4つ紹介してくれました。1つ目は、ヤングケアラーを知らない人が多いという問題です。2つ目は、介護は大人がやるものという誤解を持っている人がいることです。3つ目は、ヤングケアラーは学校に行けないことが多いということです。4つ目は、ヤングケアラー向けの制度がまだ整備されていないことです。本書は、イギリスのようなヤングケアラーの制度が整っている国を見習って、日本もヤングケアラーの問題を解決していくことを主張しています。

私は、ヤングケアラーは言葉自体は知っていましたが、問題がどういう現状なのかをあまり把握していませんでした。子供だけで親の介護をするのは時間的にも経済的にも大変だと思うので、介護職をもっと増やしてみたり給料をあげてみるのも一つの手なのかなと思いました。

Mさん 瀬田貞二『幼い子の文学』中公新書、1980年

本書は、東西のなぞなぞ、わらべ唄、民話、幼い子の言葉の技術について解説しているものです。筆者は、言葉の技術の積み重ねこそがなぞなぞやことわざに発展していったと主張しています。その一例として、子供が勝手に花に名付けすることを挙げています。彼岸花という花には別名でキツネの松明という名前があります。これは、子供が名付けたとされており、このような名付けが発展していって、なぞなぞになったと主張しています。

発表を聞いて、なぞなぞやことわざなどの文化が芽生えたのは、子供の言葉遊びから来ていると思うと、こどもの発想力はすごいなと感心してしまいます。

Kさん 翁邦雄 『人の心に働きかける経済政策』岩波新書、2022年

本書は行動経済学の入門書です。公共政策は、仮定に仮定を重ねた机上の空論であり、役に立たないことが多いので、心理学と経済学(行動経済学)で解決していこうというのが本書の構成です。行動経済学が応用できる場面として、Kさんは選挙を挙げていました。選挙では現在バイアスが現れてしまうらしいです。現在バイアスとは、長期的なことよりも現在に近い短期的な利益に目がいってしまうバイアスです。選挙では、長期的な戦略より短期的戦略の方がよく見えてしまうことがあります。また、Kさんはコンビニの商品の配置も行動経済学が使われていると述べ、行動経済学を学んで日常に潜んでいる行動経済学を自分でも見抜けるようにしておくことをお勧めしていました。

この発表を聞いて、行動経済学は企業や社会にも使われていることを知ったので、自分でも学んで騙されないようになりたいと思いました。


今回は、地球外生命体とヤングケアラー、文学、行動経済学と幅広い分野の発表がありました。次回もどんな本が紹介されるか楽しみです。

2024年6月19日水曜日

2024年度 前期第11回

 こんにちは、経営学部のKです。本格的に夏が到来し、学校生活もますます活気づいてきました。皆さんはこの夏をどのように過ごす予定でしょうか?私は旅行やインターンの計画を立てています。さて今回は岡村靖幸の「カルアミルク」の歌詞解釈グループワークを行いました。

事前に解釈をワークシートに記入して、
グループワークに臨みました。
まず、グループごとに、各個人が「カルアミルク」の歌詞について自分なりの解釈をシェアしました。この歌詞は一見シンプルながらも深い意味を含んでおり、個々の解釈が非常に多様でした。私のグループでは、あるメンバーが歌詞の中に出てくる深夜や六本木を舞台にしている点に注目し、都会の孤独や寂しさを描いていると解釈していました。また別のメンバーは、語り手の心理状態に焦点を当て、過去の恋愛を振り返ることで現在の状況と折り合いをつけようとしていると解釈しました。

私の意見として「仲直りしたいんだ もう一度カルアミルクで」という部分に着目しました。この歌詞からカルアミルクという存在は二人にとって思い出のお酒だったことがわかります。私自身も物や場所が思い出に結びつくことがあり、その一瞬で過去の感情や出来事が鮮明に蘇る経験があります。きっとこの二人にとってもカルアミルクは、そんな特別な存在なのだと想像しました。この歌に出てくる二人が本当にカルアミルクでもう一度仲直りできれば良いなと曲を聴きながら強く感じました。

ワーク盛り上がり中

その後、各グループ内で意見を統合し、グループ内の統一意見をまとめました。私たちのグループでは歌詞が持つ様々な意味に焦点を当て、恋愛の複雑さを描きつつも、相手に対する気持ちが共に変わっていく感情の移り変わりをこの曲では表現しているという見解に落ち着きました。また、「カルアミルク」という飲み物自体が甘さとほろ苦さを持つことから、恋愛の甘さと苦さを象徴していると考えました。

最後に、全体で各グループの意見をシェアしました。他のグループの解釈も非常に興味深く、グループによって人物の年代や性格、「僕」と「語りかけられている」の関係性の予測に様々な意見が出ました。あるグループは登場人物がどのような人物なのか推測し、その性格や背景に基づいて物語の展開や結末を予測していました。また別のグループでは、誕生日にお酒をプレゼントするのはどうなのだろうか?と疑問視する声も上がりました。「誕生日という特別な日に、お酒を選ぶことの意図は何だろうか?それはお酒そのものに深い意味があるのか、それとも単に過去の思い出を共有するための手段なのか?」という議論が展開されました。これに対して、別のグループは「カルアミルクが二人の関係を象徴しているからこそ、誕生日という特別な日に選ばれたのだ」という見解を示していました。

今回のワークを通じて、歌詞解釈の奥深さと、人によって全く異なる視点が生まれることを改めて実感しました。特に、他者の意見を聞くことで自分の見解が広がり、新たな発見がありました。これからもこのようなディスカッションを通じて、様々な視点を取り入れながら学びを深めていきたいと思います。

次回はA班の新書報告をご紹介します。


2024年6月18日火曜日

2024年度 前期第10回

 こんにちは。経営学部3年のCです。6月に入り、東京では気温も30度近くまで急激に上がって、日差しの強い季節になりました。これから暑い日が続くと思いますので、皆さん熱中症にはくれぐれもお気をつけてお過ごしください。さて、今回はC班の新書報告です。


Iさん 辰濃和男『ぼんやりの時間』岩波新書、2010年

本書は、様々な作家の例を出しつつ「ぼんやりすること」を推奨しています。その中でも、Iさんは、例として「4時間労働の夢」を挙げていました。「4時間労働の夢」とはラッセルが書いた論文で、8時間労働は過重労働なので、4時間労働に減らすといった内容だそうです。4時間労働にすることで、残りの4時間で文化を豊かにする為に、各々で探究をすることが述べられていました。また、Iさんは発表の中で、現代に生きる人のアニメやSNSでの動画など受け身でぼんやりしていることにも言及していました。ぼんやりすることは、「目的を持つことなく周りを観察すること」で本書に定義付けられています。しかしここで注意してほしいことは、自分が受け身であると文化が豊かにならないので、五感で感じ取ることを大切にしつつも「ぼんやりすること」が重要だと述べていました。

現代人は情報社会と言われるほど、あらゆるところに脳を圧迫させる情報が転がっています。そんな時にこそ、自分の五感を大切にしてぼんやりすることが私たちに求められているのかもしれません。


Sさん 志村季世恵『大人のための幸せレッスン』集英社新書、2006年

本書は大人のための「幸せ」について論じています。まずSさんが挙げた最初の説明として、幸せには3つの種類があると述べています。

1つ目が、「プレゼントなどのギフト面においての幸せ」です。

2つ目が、「自分の頑張りによって得られる努力面においての幸せ」です。

3つ目が、「マイナスなことでも幸せに感じようとする思考面においての幸せ」です。

本書は、主に3つ目の幸せについて深掘りをする内容でした。そもそも、人間は考えながら物事を行い、マイナスの方向に思考が傾いてしまうそうです。そこで、コツとして、五感の幸せを感じながら物事を行うことが重要になります。例として挙げられていた、ご飯の話もご飯を食べている時にテストのことを考えるのではなく、食べているものの味や食感を感じることが幸せに繋がると述べていました。

私たちに備わっている五感は、幸せになるためには不可欠なものなのではないかと感じるようになりました。現代人は周りのことばかり気にしていて、自分のことに目を向けていない実状があると思います。そんな時こそ、振り返って自分自身を意識してみることが大切だと理解できました。


Tさん 四方田犬彦『「かわいい」論』ちくま新書、2006年

本書は「かわいい」についての概念の話や社会的な文化や思想に基づいて、「かわいい」を考察する内容です。その中で、Tさんが挙げてくれた2つの印象的な話を紹介します。1つ目は、「人間は未成熟なものを好む」です。例えば、小さいものや保護しないといけないものは未成熟といえます。また、学生が主人公となっているアニメも一人前ではない点で未成熟だと思います。人間はこの点で「かわいい」を感じるそうです。2つ目は、「かわいいに近しいのはグロテスク」です。これが何故なのかというと、ちいかわのような人間ではないキャラクターを例にあげると、それがこの三次元に等身大として登場したときにあまりのリアルさにグロを感じてしまうからです。しかし、実際にはそのキャラクターも「かわいい」と評価されています。このようにグロテスクなのにもかかわらずかわいいと思われる理由があります。それは、人間がそれを保護しているから、或いは加害しない・無防備な存在だから、だそうです。

また、Tさんはかわいいをポジティブな言葉と定義しました。しかし、かわいいは意味やニュアンスが多面的であるため、未熟や支配欲のようなマイナスの使われ方もあると言及していました。

「かわいい」には人それぞれ背景や感覚があることを学びました。ただ、未熟なものをかわいいと感じる点においては人間に共通しているのではないかと思います。しかし、なぜ未熟なものが好きなのかと質問された時に、「支配できるから」というマイナスな考えであったり、「小さいものを保護したい」というプラスな考えであったり、感じ方はその人によって変わるのではないかと感じました。

今回も興味深い新書報告で、私自身も知識を深めることができました。次回は、歌詞解釈の授業を行います。ゼミ生の色々な解釈を共有できるので、非常に楽しみにしています。

2024年6月5日水曜日

2024年度 前期第9回

 こんにちは。経営学部4年の寺内です。寒暖差が激しく、体調を崩す人が増えています。皆様もお体に気を付けてお過ごしください。今回は通常の新書報告に加えて、お互いのメモを見せあうグループワークを実施しました。始めに、B班の新書報告を紹介します。


Hさん 横田増生『中学受験』岩波新書、2013年

 本書は、予備校講師を務めていた著者が中学受験の良い点・悪い点を紹介しています。中学受験と聞くと、「勝ち組」や「いじめが少ない」などを想像しがちですが、著者はそう良いことばかりとも限らないと主張しています。その根拠について、発表では「中学受験は親の受験」「中学受験は勝ち組か」「中学受験組にはいじめが無いのか」という三点を取り上げて説明していました。

「中学受験は親の受験」とは、高校受験や大学受験は子どもが決定権を持つのに対して、中学受験では親の意向が強く反映されることを指しています。

これは、中学受験時は子どもが小学生であり判断能力が低く、親が受験や部活などで有利であると考え受験させる場合や授業料が高額であるためです。親にとって大きな負担になることはもちろんですが、子どもにとって「親の意向で受験させられた」意識になることが重要です。受験や部活に注力しすぎるあまり遊ぶ時間が犠牲になり、親を恨むケースがあると言います。

 この他にも、私立学校であってもいじめは発生することや、偏差値の高い中学校に入学してもその後の成績が振るわない場合があることが指摘されています。こうして著者は、中学受験が必ずしも良い進路につながるとは限らないと主張しています。

著者は結論として、「勝ち組」「入ってしまえば楽」という固定観念に囚われず、中学受験が自分達に本当に必要かどうか見極める必要があるとしています。

 近年都内では中学受験の割合が増加しており、昨年度の私立中学進学者は全体の約2割でした。「周りが受験しているから」と成り行きで決めず、家庭の状況や子どもの意思を考慮することが大切ですね。


Tさん 村山綾『「心のクセ」に気づくには』ちくまプリマ―新書、2023年

 本書は、社会心理学をもとに、生活に潜む様々な心のバイアスについて解説したものです。著者は、人間は自分の経験や心情で物事を判断しがちだが、実際は社会全体にとって都合のいい理由づけをしていると主張しています。

  Tさんは、本書の議論の中で「相補的世界観」という考え方に興味を持ったそうです。これは、簡単に言うと人には良いところも悪いところもあり、その判断は社会によってされているという理論です。例として、「天は二物を与えず」ということわざが挙げられます。私達の価値や性格は一定の基準があるわけではなく、属する集団や時代によって変化する流動的なものです。他人を単純に順位付けして自分を比較してしまうと自分の存在に絶望してしまいますが、自分にはこんな良いところもあると思うことで生きていく理由になるとのことです。

  Tさんはこの本を読んで、人間は無意識のうちに偏見やバイアスに呑み込まれがちだと考えたそうです。私達も、普段何気なく考えていることには無意識のうちにフィルターや色眼鏡がかかっていることを自覚し、差別や偏見をしないよう意識したいですね。


Mさん 鈴木謙介『サブカル・ニッポンの新自由主義─既得権批判が若者を追い込む』ちくま新書、2008年

  本書は、社会学を専門にしている著者が既得権への批判から若者の在り方を解くものです。既得権とは既得権益のことで、特定の個人が法的根拠に基づき以前から獲得している権利と利益のことです。本書では、既得権・社会の在り方について若者の意識を交えて政治的に批判するとともに、若者の文化としてのサブカルチャーを解説しています。

  Mさんが特に興味を持ったのは、「ジモト」の概念だそうです。本書では、地元を「ジモト」と表記しており、「単なる地理的なものではなく個人の共同性における承認先」を意味します。これを説明する例として、サブカルチャーの1つである宮藤官九郎監督の作品「木更津キャッツアイ」が挙げられています。鈴木によれば、この作品の中で、宮藤官九郎は地元を「死を過剰に怯えるものではなく、無意識に自己肯定するものでもなく以前と変わらずに肯定感を与えてくれる環境を維持してくれる場所」と表しています。Mさんは本書を通して、誰かと交流しなければ地元と思ってはいけないわけではなく、ただそこに居て生活しているだけで地元だと思ってもいいかもしれないと感じたそうです。

 私の友人にも「地元愛」が強い人が数名いて、たかが育った環境というだけで何故そこまで思い入れがあるのか不思議に思っていました。自分を無条件に受け入れてくれる、大きな実家のようなものだと考えると、地元の見え方が少し変わってくるかもしれません。


Yさん 古郡廷治『あなたの表現はなぜ伝わらないのか』中公新書、2011年

 本書は、他者に何かを伝えるための言葉の重要性とその技術を論じています。Yさんは、話し言葉と書き言葉それぞれのコツについて報告してくれました。

書き言葉において意味を正確に伝えるためには、表現手段をどう使い、どんなメディアを用いるかが重要だと言います。例えば、私達は「お手洗い」と言われたとき、すぐにトイレをイメージすることができます。これは、日本の文化的な背景や、私たちが育ってきた環境が比較的似ているためです。アメリカの公共の場所ではトイレを「restroom(直訳:休憩室)」と表記する場合が多くあります。しかし、日本ではこの発想・文化にあまり馴染みがないため、日本人話者には伝わりにくい表現になってしまいます。

著者はこのような例を挙げつつ、相手に意味を伝えるためには、相手の文化的背景や自分の属している社会を考えることが重要であると論じます。さらに言えば、正確に意味を伝えるためには、自分の知識と相手の知識が共通しているかどうかが重要になります。

 話し言葉に関してYさんが大事だと思ったところは、「聞き手の知識レベル・関心・属性に合わせる」「分かりやすく話す」「公共の場にふさわしい言葉を話す」という三点です。発表では、聞き手の関心に合わせることの例として「ボディービルダーの人にDNAの難しい話をするより、プロテインの話をしたほうが受け入れられやすいのではないか」という話を挙げていました。分かりやすく話すという点では、スピーチなど予め考えておいた文章を話す場面でも、多少話し言葉に変えて話すと良いと言います。

 自分が考えている内容をそのまま相手に伝えることは、意外と難しいものです。100%のうち50%しか伝わらなかったり、意味が湾曲して相手が不快な気持ちになってしまったりします。相手の属性や気持ちをよく考え、聞き手ファーストで話すことが大事ですね。

 以上4人の新書報告が終わった後、メモグループワークを行いました。小グループで、報告のメモを見せ合いました。メモの方法・内容は様々で、iPad内のアプリを自由帳のように使う人、メモ帳に箇条書きする人、メモアプリに打ち込む人など各々がやりやすい方法でメモを取っていました。意見交換の際には、メモを取りやすい発表の特徴として、発表の概要をはじめに話すことや、順序立てて発表することが挙げられていました。メモが取りやすいということは、要点が分かりやすいということです。メモの取り方を工夫することも必要ですが、発表の仕方も重要ですね。

 今回は新書報告に加えてグル―プワークも行い、非常に充実した授業でした。次回はC班の発表です。皆さんお疲れ様でした。