2026年10月30日金曜日

バレエ「街の灯」を鑑賞

開演前に
オペラパレスのテラスにて。

 担当教員の相澤です。今日は新国立劇場へバレエ「街の灯」を鑑賞しに行きました。

この作品は、チャップリンの同名映画を元に新制作されたものです。私も見るのを楽しみにしていました。学生たちは、全員バレエ初体験ということで、しっかりあらすじを読んでから鑑賞しました。以下は学生たちの感想です。

KY

 私は今回、初めてバレエを鑑賞した。私はこれまでバレエを、曲に合わせて優雅に踊るものだと考えていたが、今回鑑賞したものは台本に沿った情景描写が展開されていくもので、私の従来のイメージとは大きく異なっていた。今回の公演で印象に残った点は2つある。

 1つ目は舞台の臨場感だ。舞台上で進行しているバレエに合わせて、舞台下のオーケストラが生の演奏を行うため、まるで物語の中にいるような感覚を味わった。

 2つ目は独特の鑑賞方法だ。今回の公演は事前に披露されるストーリーを読むことが前提となっていた。その為、大筋を知った上で、そこからバレエによってどう表現されていくのかという他には無い楽しみ方ができた。

 今回の公演を通して、バレエには美しい踊りという側面だけではなく、物語をどう彩るかという魅力もあることを知れた。クリスマスの時期には別の公演があるとのことなので、そちらにも足を運びたいと考えた。

T.O

 ダンスや音楽のみで、トランプのコミカルなキャラクター性が伝わってくる演出や、花売りの少女が盲目なため、トランプと目を合わせずに踊る演出など魅力的なシーンが多数あり、はじめてのバレエを楽しく見ることができました。

 このような多様な演出の中でも、特に印象的だったのはラストです。花売りの少女の治療の成功は、トランプと少女の共通の願いであったため、ハッピーエンドといって良いと思いますが、解釈がとても難しいシーンだとも感じました。トランプ目線では放浪者であることが気づかれ悲しい面もありますが、彼女と再会した上に、目を合わせることができるようになり、ハッピーエンドだと思います。

 しかし少女はもう少し複雑だと思います。トランプを視覚的に判別できたことの喜びと、彼が放浪者であることを知り、結ばれることの困難さも同時に気づいてしまうからです。

 ラストのダンスシーンでは、お互い結ばれないと分かっていたのではないかと思います。トランプは、放浪者になんか惚れてはいけないよ、と言っているかのように遠慮がちに踊り、少女はもう会えないことを悟り、清々しく踊っているように感じました。

E

 今回、人生ではじめてバレエというものを見て、本当に素直に面白くてびっくりした。バレエはセリフがないため、あらかじめ物語の内容を把握した上で鑑賞するという点が新鮮だった。展開をある程度予測できるからこそ、バレエは意外と気軽に見られる芸術なのではないかと思った。


 また、他に印象的だった事として、終了後の拍手が非常に長かった。歌舞伎やオーケストラなどと同様に、時間に余裕のある人々が楽しむ趣味として発展してきた文化であるがゆえの共通した特長なのだろうかと考えた。長い拍手を聞いていて、三跪九叩頭の礼もこのように徐々に延びた結果なのではないかと予想していた。初めての鑑賞だったが、想像していたよりもずっと親しみやすい、喩えるならば映画のような満足感のある経験だった。

Y・S

 今回行われた公演は、『街の灯』。「喜劇王」と称されるチャールズ・チャップリンの映画を原作としているだけあって、無声映画ならではのコメディ要素が散りばめられ、公演の最中にも関わらず、笑いが発生する場面もありました。チャップリン作品の独特の動きやコメディを上手くバレエに落とし込んでいて、キャストの方々のみならず、脚本や振付、編曲を担当した方々の様々な工夫を感じ取れました。 

 特に関心した点は、背景美術です。原作が映画であるため、場面切り替えで降りた幕にプロジェクションマッピングを用いて、「一方その頃…」のような文字を投影することで、場面が変わったことを分かりやすく表現していました。このような演出は、現代特有のもので、現代技術によって古くから存在するバレエ作品や、これから作られる作品がより面白いものになっていくのかなと思いました。

 私は、これまでバレエというものに触れてこなかった上に、実際にバレエを観ても楽しめるかどうかも分からない状態でした。しかし、今回初めてバレエを鑑賞する中で、面白かった点、関心した点、興味深かった点などを見つけることができ、非常に良い体験ができたと感じています。本ゼミでは、今回の他に、12月にもバレエを鑑賞する予定があるため、そちらも楽しみにしております。

カーテンコールの様子。
(撮影が許可されています。)

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 本日バレエを始めて見ました。役者同士のダンスのシンクロ率がすごくて流石プロだと思いました。バレエは主にダンスがメインのためストーリーに関しては事前にパンフレットを読んでいないとわからないそのため事前に内容を学習する必要があると感じました。

 私はバレエを今まで見たことがなくこれからも自分から見ようとは思わないかもしれません。だから見る機会はそうそうない可能性がある思います。だから今回のような体験を一つ一つ大切にしていこうと考えていこうと思いました。

2026年10月21日水曜日

2026年度 後期第4回

経済学部2年のOです。前期のブログ更新で文化祭の企画会議終了の報告をさせていただいたものです。後期のブログ更新でも発表がございまして、つい先日8ヶ月の時を経て、葵祭パンフレットが完成いたしました!全48Pとなっており、夏休みの半分は犠牲になったでしょう。ぜひ私の努力の結晶を本祭にてご覧いただきたいです。web版はこちらです!

さて、今回はB班の発表です。

Yさん:『どうしても頑張れない人たちーケーキの切れない非行少年たち2ー』新潮新書、2021年

本書は、頑張ることのできない人たちがどうすれば頑張ることのできる環境ができるかについて述べられたものです。変わるためには主に4ステップが必要で、

0.頑張れる環境をつくる
1.見通しを建てる
2.目的をつくる
3.使命感をもつ

の4つとなっています。最初に安心して学ぶことのできる場所が必要で、ただ道具や装備が揃っているだけに止まらず、努力を認めてもらえる環境が必要になっています。

1は、頭が良くなりたい→良い学校に進学する→良い就職 といった流れを作ることです。
2は、なにかしたいことを作り、そのための努力を考えることです。
3は、それを踏まえて人生に意味を見出すことです。

また、努力をできる環境を作る側にも注意が必要で、失敗した時に努力を褒めるのは大切ですが、褒めすぎると成長を止めてしまいます。叱らない教育等に興味がある方にオススメの本だと感じました。

Kさん:『文化が違えば、心も違う?』岩波新書 2025年

本書は、日本とアメリカの文化の違いから、日本の常識を疑うといった内容になっています。

Kさんの心に残った部分が、それぞれの人間関係の作り方で、アメリカでは気の合わない人とは関わらないという個人主義で、日本は元からあるものとの関わりを大切にする集団主義と、大きく違った考えを持っています。

日本国内の地域という小さな単位でも文化が異なることもあります。また、引越しで性格がその地域に適応したものになるかとの質問では、Kさんの自論を展開しました。18歳になるまでの過程でその人の人格形成がされるから、成人以降であれば大きな変化は予想されない、とのことでした。他の場所へ行く予定のある人にオススメの本だと思います。

Oさん:『歩くと心が軽くなるのはなぜか』ちくま新書 2026年

本書は、散歩・運動をすると心が軽くなると解説されているものです。散歩を推奨する理由は、一番楽で取り組み易く、万人受けするためです。本書にあまり散歩の言及がないため、なぜ散歩が楽しいかをOさんが自論を用いて発表しました。

散歩は情報量が多いからおもしろい。普段の抱えているストレスがこの街並みや人の声等に上書きされる、情報量の多さのメリットはそこにある。ゲームはその世界に入り込むため、終わったと同時に元の世界に戻ってしまう。だが、散歩は現実の世界にいながらストレスを紛らわせることが可能。

以上がO説でした。私は辛い時の気分転換でゲームとはまた違った気分転換になるという論はとても共感しています。散歩が好きな人にはオススメの本だと思います。

今回は自論パートが大きく目立つ回となりました。私は読み込みの浅さか話の順序建てが下手なのかで話す内容がすぐに尽きてしまうのに悩んでいますが、こういった話の広げ方もあるのだと学びました。次回の発表に向けてしっかりと準備を行ないたいと思います。


2026年10月14日水曜日

2026年度 後期第3回

 季節の変わり目で体調を崩す人が多いのか、起きられない人が多いのか...。本日は欠席者が多かったため、参加者6名全員で新書の報告をみっちり行いました。今日で新書報告は10回目になります。回数を重ねて、ゼミ生たちが報告上手・質問上手になっていることを感じました。

実は、今学期はまだゼミ生全員集合が叶っていません。次回こそ、全員で新書報告ができますように。

ーおまけー

このゼミの実践を紹介した研究ノートが、先日刊行されました。手前味噌ですが、宣伝します。

相澤伸依「読書習慣を形成するゼミの試み」(東京経済大学学術リポジトリへ飛びます。)



2026年10月7日水曜日

2026年度 後期第2回

 こんにちは、2年経済学部のY.Sです。

最近私はよく映画を観に行くんですけれども、やはり映画というものは良いですね。上映される作品たちはもちろん面白いと思いますが、私は館内の雰囲気や売店で買えるポップコーンなど、映画館そのものにも数多くの魅力があると思います。現代は情報化社会、多くの人がスマートフォンを所持し、今どこで何が起こっているのかを知りたがります。そんな人たちも、映画館では手からスマホを剥がし、世界情勢を忘れ作品を観ることに集中します。現代の映画館は、スマートフォンのデトックスができる施設になっていると言えると、私は思います。押し寄せる情報に疲れた方は、たまの息抜きとして、映画館に足を運んでみるのはいかがでしょうか。

では、10月7日のゼミ活動報告に移ります。

今回のゼミでは、普段行っている新書の口頭報告ではなく、ゼミのメンバー全員で、教育現場におけるデジタル機器やAIの使用について論じた新聞の記事を読み、内容について議論しました。記事の内容は、前半は大学生の読書離れに伴う読解力の低下を喚起するもので、後半は、教育の現場にAIを導入することの是非を問うものでした。筆者は、学生の読解力低下に対して、デジタル化による「読まない、書かない、考えない」傾向があり、デジタル教科書が記憶を阻害する可能性があると述べています。また、AIに関して筆者は、AIに頼ることで自身の能力向上の機会を失い、将来的な作文力や言語能力が危ぶまれることから、教育の場においてのAIの使用は全面的に禁止するべきと主張していました。

特に盛り上がったのは、今の学生はAIをどう使っているかという議論です。ゼミのメンバーそれぞれが現在AIをどのように使用しているのかを発表し合いました。「講義を録音し、要約をさせる」(Sさん)、「レポートの方向性を定めさせる」(Eさん)、「テストの予想問題を作らせる」(Oさん)など、実用的な使い方をしている人が大半でしたが、中にはKさんのように、「人生相談をする」という使い方をしている人もおり、人によってAIの使い方は多種多様であることが分かりました。

そして教育の現場にAIを導入すべきか否かの議論においては、私や他の数人が「基礎的な学習能力が固まるまでは、教育でAIを使う必要はない」といった意見でまとまっていましたが、Y.Kさんはその逆で、「早いうちからAIに触れさせることで、AIの正しい使い方を身につけさせるべき」だと述べていました。

私は、他の人のAIの使い方を知り、「そんな使い方があったのか」といった気づきを得ることができたと同時に、これから成長し、学んでいく世代が、今の私たちのようにAIを使うことが、果たして良いことなのかどうかを改めて考える機会を得られました。

私の意見は、私達よりも若い人々が、今の私達と同じようにAIを使うことは、あまり良いことではないと思います。なぜなら、私自身も、簡単に頼れてすぐに答えてくれるAIを手放せなくなりつつあるためです。結局のところ私たちが必要としているものは、「いつでも頼れてなんでも訊ける」存在なのだと思います。今はそれがAIなだけで、昔は博識な大人や先生がそのポジションにいたはずです。つまり、AIを教育に用いることを禁止するならば、今後より一層、若い人々にものを教える「大人」の存在が重要視されるべきなのかなと考えました。

新聞記事の一つのトピックだけでも、一時間以上もの議論を行い、参加者全員が、AIの使い方に対する意識を深められる有意義な時間でした。

以上で10月7日の活動報告を終了いたします。

2026年9月30日水曜日

2026年度 後期第1回

 経済学部3年のOです。最近、雨が多いですね。私の傘は、出番の多さにくたびれています。いざ晴れたと思っても8月並みの暑さで、それはそれで困ります。厚手のカーディガンは「いつでも行けるぞ!」とベンチ(クローゼット)で肩を温めています。秋らしい気候はいつやってきて、どのくらい続くのでしょうか。これでは紅葉さんも迷子になってしまいますね。

今回はB班の発表です。

Yさん:腹巻猫『劇伴音楽入門』インターナショナル新書、2026年

 本書は劇伴音楽とは何かについて論じたものです。劇伴音楽とは映画やドラマ、アニメに差し込まれる音楽です。サウンドトラックに似ていますが、歌詞が無い曲に限定しているところが異なっています。著者の腹巻猫自身も劇伴の作曲家で400曲以上も出がけているようです。

 劇伴の特徴は、特定の音楽ジャンルに縛られることのない自由な作曲です。アニメ『COWBOY BEBOP』を例に挙げて劇伴の魅力を説明してくれました。このアニメは宇宙が舞台で、劇伴にはジャズが使用されているとのことです。宇宙にジャズのイメージはありませんが、何故ジャズを使ったのでしょうか。その答えは、とても策略的で作品に寄り添ったものでした。まず、『スターウォーズ』など宇宙を舞台にした名作との差別化です。過去の名作たちは壮大な音楽である場合が多いので、ジャズを使用することでアニメに個性が生まれます。次にアクションシーンと即興ジャズとの親和性です。私はこのアニメを観たことはありませんが、確かにジャムセッションはアクションシーンでの軽快なステップや連続攻撃が思い浮かびます。

 このように一つのアニメを例にしても、劇伴がその作品の印象や演出に大きな影響を与えていることがわかります。

 個人的には、『菊次郎の夏』の劇伴『summer』が印象的で好きです。夏の爽やかさと、菊次郎の自由なキャラクター性を表したような曲です。『summer』を聴くだけで、主人公の正男と菊次郎の冒険を思い出します。

Eさん:長谷川岳男『スパルタ 古代ギリシアの神話と実像』文春新書、2024年

 厳しい指導や訓練を“スパルタ教育”と表すことがあります。本書では今日使われているスパルタの元になった、古代ギリシアのスパルタで行われていた兵士教育の実態について論じられています。

 まず、スパルタの教育は6歳から始まります。しかし、この時点では歌やマナーなど基礎を学ぶ段階なため、さほど厳しい指導はなされません。この課程を修了してから本格的なスパルタ教育が始まります。スパルタの兵士教育は、一般の男子全員が対象となります。その中で病弱だったり、戦闘に不向きな体格の者は兵士になることはできず、崖から落とされてしまいます。教育すら受けさせてもらえないのです。教育を受けられる者は、合同食事会の参加が必須となります。そこは上層部に自分の優秀さをアピールする場でもあります。食事の時間さえも兵士教育に変わってしまうのです。兵士になると、同調圧力により命が尽きるまで戦ったものを評価するようになります。一方で生きて帰ってきた者は虐げられ、その家族までもが差別的な目線を向けられてしまいます。

 幼い頃から、戦争に適した人材に教育されるという歴史は、第二次世界大戦下の日本に共通する点があると思います。そのためスパルタの厳しさは、かつての日本と同様に戦争に勝つことが正しいという固定観念から生まれた産物なのだと感じました。

 今回の2冊は、歴史と音楽という別ジャンルでしたが、エンタメ性と知識の厚みを兼ね備えた新書だと感じました。単に専門的知識が詰め込まれただけの新書ではなく、強く興味を惹かれるようなテーマと説得力が十分にある内容のものを選んでおり、二人の新書選びは上手いなと感心しました。次回は私も彼らのような新書選びをできたらなと思います。

2026年9月15日火曜日

2026年度 夏のゼミ合宿

 担当教員の相澤です。9月13日から15日の三日間、草津でゼミ合宿を実施しました。今年も、経済学部の中村ゼミと合同でした。

初日午後にホテルに集合。三時間にわたって合同の勉強会を行いました。相澤ゼミは「夏休みに読んだ新書」について報告、中村ゼミはグループ研究の進捗報告を行いました。かなり関心が異なる二つのゼミですが、だからこそ互いに新鮮な質問が飛び交いました。

初日夜は花火を楽しみ、その後は飲み会へと移行していました。

二日目は終日自由行動とし、宿のアクティビティを楽しんだり、草津の名所を巡ったりと思い思いに懇親できたようです。

三日目のチェックアウト後は、もう少し草津を楽しんで帰途につきました。

今年はやや遅めの実施となったため、多くの学生にとって後期授業直前、夏休み最後のイベントになりました。合宿で育んだチームワークを活かして、後期の学習に臨んでほしいと思います。

2026年7月15日水曜日

2026年度 前期第12回

 経営学部2年生のKです。テストまで後1週間ちょっとの間、皆さんはどのような勉強をしていますか?もしかしたらレポートも書く必要があり大変な人もいるかもしれません。私は授業でもらったレジュメの穴埋めを解く、授業中に行った小テストの解きなおしなどをしています。とはいえテストが近づいてきて私は、少々焦りを感じています。

こちらが本日の活動報告です。本日はB班の新書報告です。

Yさん:立脇恵子『障害者の居場所』中公新書、2026年

本書は、主に知的障害者を取り巻く現状、思想、国の歴史などを紹介した後に、障害者の居場所をつくるにはどうすればよいのかを考察しています。

Yさんによると障碍者が保護され始めたのには理由があります。それは戦後GHQの介入や高度経済成長による核家族化が進んだことによる家族の負担が増加したこと。ノーマライゼーションという様々な人で社会に参画していこうという考え方が浸透したことなどの理由で知的障害者を受け入れる社会に変化していった過程が書かれているそうです。また著者は、施設に送ることや地域の方と生活をさせるだけでは問題点はあると主張しています。そのため、コミュニティを作り、コミュニティが地域とうまく参画していくという2つの観点が重要だと説明されました。

著者の主張を行うにはかなりの労力や周りの理解や協力が必要なため、一人ひとりが身近に障害者がいる場合、彼らも同じ地域コミュニティになじめるように意識しなければならないことだと思いました。

Oさん:増田隆一『人とヒグマ』中公新書、2025年

本書には、人間とクマの関係が記されています。Oさんはクマが人間を襲うようになったのは人間の開発や地球温暖化によって鮭をはじめとした熊の元々の食べ物が減ってしまったこと。それによりシカを食べるようになると肉の味を覚えてしまったこと。そこから人や家畜を襲うようになったと順序よく説明していました。また昔クマはアイヌの人々から神様のような扱いを受けていました。アイヌだけでなく冬眠するクマのいる地域ではクマは似たような扱いをされているようでした。どうやら冬眠することで何度も生と死を表して人間界と展開をつないでいると考えられました。だから神様のように扱われたと説明されました。

科学の発展や環境が変化しているとはいえ、クマに対する人々の認識は、昔は神様扱いで、今は怖い存在となっているようでした。昔尊いとされていたものでも時代によってその認識は変わっていくことを感じました。

本日の新書報告は、社会問題に触れるようなものでした。どちらの問題も自分たちの身に降りかかる可能性があるかもしれません。そのためもし自身に降りかかったらどうするかを考える必要があるのではないかと感じました。