2025年3月31日月曜日

卒論のススメ

東経大では卒業論文(科目名:総合教育研究)を書くことができます。自分なりのテーマとじっくり向き合って文章を紡ぐ作業と時間は、学生ならではの貴重な経験になります。

2024年度に相澤ゼミで卒論を書いたMさんから「卒論のススメ」を寄せてもらいました。興味のある四年生は、ぜひ履修を検討してみてくださいね。

---

「苦しいけど、楽しい。」

卒論に取り組んでいた日々、私はそう感じていた。

自分の伝えたいこと、言葉選び、文章の作り方を一生懸命考えてみても、自信は無かった。そしてそれは、論文を書くことで初めて感じたもどかしさだった。何度も先生に添削をして頂いた。正直その度に、自分の文章力の無さに落ち込んだ。初めての卒業論文なのだから、最初から上手に書けなくて当たり前。良い表現が見つからなくて当たり前。とにかく時間の許す限り、先生に頼って、また一人で言葉に向き合って。

文章を書いて直すという作業は、想像以上に孤独。

そのような決して前向きとは言えない執筆期間、私が卒論を書き上げられたのは、相澤先生の熱意ある添削と向き合う時間が好きだったから。

もし今あなたが、卒業論文を書くか迷っているのなら、私は絶対に書いた方がいいと伝えたい。新書を読むことで身につく読解力と書く力、そして伝える力が鍛えられる相澤ゼミ。その場所で論文を書き、添削してもらえる経験は非常に貴重だった、と私は心から実感している。書き終えた春、きっと良い桜が咲くはずです。頑張って。

---

2025年2月8日土曜日

課外活動:オペラ鑑賞

2月8日の午後、ゼミ有志が新国立劇場に集合しました。皆でオペラを鑑賞するのです。演目は『フィレンツェの悲劇(ツェムリンスキー)/ジャンニ・スキッキ(プッチーニ)』の二本立て。それぞれ、一幕のみ、60分ほどで、初心者にも見やすいものです。

オペラパレスの華やかな雰囲気に圧倒されつつ、二時間あまりの贅沢な時間を楽しみました。以下は、参加者の感想です。

ーー

Cさん

今回、オペラを初めて見た。以前のオーケストラと違って、音楽から得られる耳からの情報だけでなく、劇から得られる目からの情報もあったおかげか、退屈なく鑑賞することができた。

オペラを見ての第一印象は演者さんたちの声の迫力が想像以上だった事だ。演奏に負けないくらいの声をあの広い会場で発声できるのは、非常に驚いた。また、声自体にも抑揚があり圧巻の演技を見ることができた。

また、オペラ鑑賞は当然ストーリーがあるが、そのあらすじだけでは自分には理解し難い部分もあったと感じる。その理解し難い部分を、劇を見ることである程度は補完できたが、完璧に理解できたかと言われれば、難しい部分がある。だからこそ、今回のオペラはストーリーというよりもオペラとは一体何なのか、またどのような雰囲気なのかを感じることを考えて鑑賞できた。普段、1人ではほとんど行かないであろう場所に体験できたのは非常に良い経験になったと思う。この先、1つの高尚な趣味として考えるきっかけにもなった。

いずれにしても、新たな知識、知見を得られることが自分にとって有意義だと感じられる時間だった。

Sさん

フィレンツェの悲劇で最も印象深かったのは、ビアンカの二面性が露わになるラストシーンである。グイードへの「殺して」という切実な懇願から一転、勝者となったシモーネへの誘惑的な態度への変貌に疑問を感じた。彼女の行動は本心からの愛なのか、それとも純粋な生存本能なのか。私には明らかに後者に思えたが、それならばシモーネはなぜ怒りを見せなかったのか。幕が下りた後も、この疑問が残り続けた。

 ジャンニ・スキッキでは、幕が上がった瞬間から斬新な舞台装置に釘付けとなった。人間よりも巨大なクッキーや天秤、手紙、ペンといった日用品の誇張された造形は、一目見ただけでこれから始まるのが「喜劇」だと表しているように思えた。その日最も印象に残ったのは、ラウレッタによるアリア「愛しい私のお父さん」だ。彼女の歌声は群を抜く存在感を放っていた。カーテンコールでの大きな拍手は、その魅力が観客の心を掴んでいたことを物語っていたと思う。

Kさん

フィレンツェの悲劇は、3人しかいないのに迫力を感じました。マイクを使わずにオーケストラの音に負けない声で歌っていて、それでいて迫力を感じたので、オペラの技術はすごいとこ感じました。物語も終盤にかけて目が離せない展開となっていて引き込まれました。

ジャンニ・スキッキは、フェレンツェの悲劇と違ってポップな笑えるようなオペラだったのでとても見やすく、楽しめたと思います。

どちらも、オペラ初心者でも楽しめるようなものでした。いい経験になったと思います。

Tさん

フィレンツェの悲劇は、シモーネとグイードの心理戦が面白かったです。シモーネはビアンカとグイードの不倫に気づきつつも、あくまで商人として振る舞い商品を売りつけます。見逃してやるからいい値で買えよと言わんばかりの攻防が良かったです。決闘の場面では、ビアンカが「殺して」とささやくのがささやき女将みたいで面白かったです。

ジャンニ・スキッキは、喜劇らしく面白おかしい場面が多く楽しく鑑賞できました。アリア「私のお父さん」には鳥肌が立ちました。特別感動する場面でも無かったですが、迫力があり目線を惹き付ける声に不思議と鳥肌が立ちました。

Kさん

オペラを鑑賞するのは2回目だった。慣れない厳かな雰囲気の中で特別な体験ができたと思う。演目は二つに分かれていた。最初のフィレンツェの悲劇は場面転換が少なかった。ただ、商人が貴族に品物を高く買わせようと演説しているシーンは面白かった。オペラ独特の硬くて遠回りな言い回しが存分に活かされていた場面だと思う。一方で最後の結末がビアンカとシモーネがキスをして終わるという急展開にはついていけなかった。最後の物語のたたみ方の雑さというか、みている人を置いていく結末には唖然とした。二つ目のジャンニスキッキは何よりセットや小道具に手が込んでいた。本やメガネが人よりも大きく作られていてその中を登場人物が駆け回りながら話が進んでいく。本来の物語は遺産相続という話で、見た目が映えるような演劇にはならないはずが、演出の工夫や小道具の大きさによって場面映えするような劇になっていた。最後まで飽きずに見ることができたし、最後に観覧者に語りかけて物語を閉じるところもとても新鮮だった。二つの演目はセットから話の展開、演出まで大きく異なり、オペラの表現の幅を見せつけられた。

Rさん

参加者全員で。
いつもよりキレイめで集合しました。
自分は今回のゼミ活動で、初めてオペラを鑑賞しました。二つの物語や役者さんの演技など、見る人を魅了する素晴らしいものばかりでした。ですが、個人的に印象に残ったのは、オペラを鑑賞しにきている、お客さんでした。自分の中で、オペラを鑑賞する人のイメージとして、裕福そうなおじいさんやおばあさんが鑑賞するものというイメージがあり、内心ドキドキしていました。ですが、実際に新国立劇場でみたお客さんは、高校生や大学生くらいの人や、40代くらいの大人の方、外国人の方など、さまざまなお客さんがいて驚きました。オペラに行って、幅広い客層に鑑賞されているものだと知ることができ、オペラが少しだけ身近なものになったと感じました。

Eさん

人生初オペラに感激しました。荘厳なオペラの会場となる国立劇場へ足を踏み入れる場面が私の人生に訪れるとは思っていませんでした。先生が事前に、あらすじを知っておかないと面白くないと言っていたので、きちんと準備して当日を迎えました。

私達が鑑賞したのは、(他の人も挙げていると思いますが)フィレンツェの悲劇とジャンニ・スキッキの2作品です。

1本目を見終わった後、25分の休憩を挟みました。鑑賞しているときは、正直言って「すんごいあらすじ通りィィ!!」と思っていました。ただ、最後のシーンで商人の主人公と尻軽ヒロインが体を寄せ合い、顔を近づけていた場面で、上の方の座席で観ていた僕には主人公がヒロインの首を絞めているかのように見えたのです。見間違いでもそうじゃなくても、結果的には最後の場面に考察の余地が生まれてきたので良かったです。

2本目の作品は喜劇でした。物凄く抽象的ですが、率直に上品な笑いだなぁと思いました。自分が普段笑っているものがいかに低俗で下劣な笑いなのかをまざまざと見せつけているかのようでした。(これは言い過ぎですが。)先ほども述べた通り、オペラってあらすじ通りなんだなぁと思いました。なぜ2回も言及したかというと、私は面白い映画やドラマに出会っても2回以上見る事がほとんどありません。もう見たし、知っていることを何回も見るのは時間の無駄だなと思ってしまうのです。(といいつつもスマホをずっと見て時間を無駄にすることが頻繁にあります。)しかし、オペラを観て気づいたことがあります。あらすじを頭に入れ結末まで知っているからこそ、あらすじがオペラや演奏、役者などによって肉付けされていく過程がとても見応えがあるように思えたのです。変な例えですが、映画のディレクターズカット版を観たときみたいな感じです。劇のエピソード自体、あらすじとして完結されており、それに手を加えるのは野暮なはずなのに、更に良いものをブレンドしていくことで完成品の質がより高まっていると言えばよいでしょうか。もう少しでオペラの面白いところを言語化できそうなのですが、今は面白さの核に手もかかってないところだと思うと、少々歯はがゆいです。少なくとも、この点に気づけて良かったです。

あとがき

オペラ鑑賞後、我々相澤ゼミ一行は15分から20分程度喋りながら新宿駅まで徒歩で向かいました。駅に到着し、僕はすぐさま帰ろうと改札に向かうと、とある後輩から声を掛けられました。「衞藤さん、このあと時間ありますか?」声をかけてきた人物は、僕がこのゼミで一番仲が良いといえる後輩でした。「これはまさか、この後ご飯にでもいくつもりなのか?」と僕は危険を察知しました。早く帰りたい気持ちと「仲の良い後輩からの誘いは断りたくないなあ」といった気持ちのジレンマから、生返事になってしまいました。するとすかさず、もう一人の後輩が声をかけてきました。この人物は僕がこのゼミ内で最も恐れている人物で、まるで僕が隙を見せた所にすかさず声をかけてきたかのような、あざやかすぎる手口で「衞藤さん、このあと時間ありますか?」と言い放ちました。後輩とは言え、僕はこの2人のコンビにはとある事情から逆らえません。「しまった。これでは断れないぞ。」と困惑してしまい、挙句の果てには今晩自宅で食べようと思っていた鍋を蹴って、2人とご飯へ行くことにしてしまいました。満員電車に揺られ、池袋へ拉致された僕。なんと2軒目まで行ってしまいました。2人の僕に対する質問を華麗に避け、アルコールの力を借りて素を曝け出し、2人の様子も伺いながら楽しみました。ですが、つい調子に乗ってしまい日本酒やレッドブルサワーを沢山飲んでしまいました。仲の良い後輩はお酒があまり飲めないタイプなので、割り勘にしたことを後になって悔やみました。最も恐れている後輩は僕と同じくらい飲んでいたので、改めてその恐ろしさを痛感しました。この人に飲まされてしまったといっても過言ではありませんので、責任を擦りつけたいです。18時を指していた時計も気づけば22時になり、解散。帰宅した僕は、レッドブルサワーによるカフェインのせいか全く眠れませんでした。目を瞑り、瞼の裏にその日の出来事を思い浮かべていると、僕はあることに気が付きました。3人で飲んでいるときに、一度もオペラの話をしていなかったのです。この事実に気づいたことで、僕はより一層眠りに入ることが困難になりました。人見知りの僕でさえ、例えば女性と映画を2人で観に行った後にご飯に行くなら、先ほど観た映画を中心に話を展開させます。そういうのが無かったのです。3人で喋る分には最適且つ一番ホットな話題なのに、なぜ誰も喋らなかったのか。あの2人がオペラを観て何を思ったのか。なぜわざわざ僕を誘ってきたのか。多くの謎が謎を呼び、鋭いメスも入れない程に複雑に入り組み、絡み合っています。僕はこれを逆探偵ナイトスクープ現象と呼ぶことにします。

多くの思い出が出来て、二度おいしい一日となったことは間違いありません。自費ではなかなか行くのが憚られますし、自分のような者が踏み入れていいものなのかと偏見によって悩まされていた私ですが、オペラに対するイメージがガラリと変わり、とても楽しかったです。美術館やオーケストラをはじめ、文化的なものや高貴なイメージのあるものに触れあえる機会が多い点は、このゼミの素晴らしいところだと思います。そして、素晴らしい仲間に巡り会えたことはこのゼミに入ったからこそだと思います。

長文失礼しました。

2025年1月30日木曜日

熱海でゼミ合宿

1月30日からの二日間、熱海でゼミ合宿を実施しました。今回も夏に引き続き、経済学部の中村ゼミと合同で、計八名の学生が参加しました。

ちょうど咲き始めた熱海桜
まずは昼過ぎに熱海駅前で集合して、海まで散歩したり、早咲きの熱海桜を眺めたりと散策を楽しみました。

その後、網代にある宿に移動し、勉強会を行いました。勉強会では、相澤ゼミの卒論執筆者から卒論報告を、中村ゼミからはゼミレポート報告をしてもらいました。質疑応答も盛り上がり、よい学びのまとめになったと教員は感じました。

勉強会が終わった後は、温泉に食事、そしてお酒を楽しむ時間に。おしゃべりは真夜中過ぎまで続いたようです。

翌日は宿で解散し、希望者は熱海のMOA美術館で芸術に親しみました。快晴に恵まれ、景色も満喫できたようです。

相澤ゼミでは、今年度初めて、夏と冬に合宿を実施しました。学習とゼミ生の親睦を深めるよい機会となりました。来年度以後も、実施できればと思います。

2025年1月15日水曜日

2024年度 後期第14回

 担当教員の相澤です。授業最終回の今日は、恒例となっている個人面談と「相澤ゼミの本棚」作りを行いました。

真剣に作業する面々。
個人面談では、一緒に今季の振り返りをしました。相澤ゼミでは、毎回一冊本を読んで発表しなければならず、こなすのはなかなか大変です。一年頑張ったゼミ生には、その頑張りと身につけた力に自信を持ってほしいと伝えました。

個人面談と並行して、ゼミ生たちは、今学期に読んだ新書の中からおすすめの一冊を選んで、POPを作りました。完成したPOPを使った「相澤ゼミの本棚」は、3月後半に開始予定です。

今季の授業は終わりましたが、課外活動という形でもう少しゼミ生の活動は続きます。最後まで、楽しみたいと思います。

完成したPOPたち。
「相澤ゼミの本棚」をお楽しみに!

2025年1月8日水曜日

2024年度 後期第13回

こんにちは、経営学部2年のMです。新年明けましておめでとうございます。今年も相澤ゼミブログをよろしくお願い致します。今回はF班の発表を紹介します。

Hさん 西岡壱誠『東大生と学ぶ語彙力』ちくまプリマー新書、2023年
 本書は、語彙力の意味とそれを身につけるために大切なこととは何かを論じています。
語彙力とは、日常生活の中での基礎であると著者はいいます。また、その学び方について、丸暗記ではなく自分で意味を理解した上で人に説明できるようにまでならなければならないとも語っています。そして、分からないことはすぐに調べるようにすべきだとも述べています。
 語彙を学ぶ中で、似たような漢字なのに意味が異なるものに出会う場合があります。
その例として「信用」と「信頼」が挙げられます。一見すると全く同じような意味に思えますが、実は全く異なるものだと筆者はいいます。「信用」は過去の客観的事実を信じることであり、「信頼」は未来の物事について信じることだと筆者は述べます。
 また、もうひとつの例として「偏在」と「遍在」が挙げられます。こちらは両方「へんざい」と読みますが、その意味は全く逆のことを示しています。「偏在」は偏って存在することであり、「遍在」は満遍なく存在することを意味しています。
 語彙をつけるためには、日常会話の中から言葉を学ぶことが大事だと筆者はいいます。私はHさんの発表を聞いて、日常の中で誤用してしまっている漢字があるかもしれないと改めて感じました。普段の生活から語彙を学ぶ姿勢を心がけたいと思います。

M 藤田政博『バイアスとは何か』ちくま新書、2021年
本書ではバイアスの定義、バイアスの例やその内容について詳しく書かれています。
 バイアスとは、認知のゆがみのことを指します。認知とは我々が五感を通して外界を認識することであり、それが我々の意識や感情によってゆがむことをバイアスといいます。
 著者によれば、バイアスの研究に大きく貢献した人が二人います。ダニエル・カーネマンとエイモス・トヴァースキーというイスラエルの心理学者です。私は彼らの研究から興味深いバイアスをふたつ紹介しました。ひとつが「プロスペクト理論」です。これは彼らの業績の中で特に有名な理論です。利益と損失から生じる感情の大きさについての研究です。例えば、今から1000円得られると思った時の喜びと、1000円失うと思った時の痛みの大きさを比べると、失う痛みの感情の方が大きくなると彼らの研究ではいいます。金銭の数値の変動は同じですが、私たち人間は既に持っているものを失うことにより大きく感情を動かすようにできています。
 もうひとつが、「代表性ヒューリスティックス」というバイアスです。私たちは合理的に適切な確率よりも、「それっぽさ」を重視してしまう傾向があります。ある事故を例にあげると、タクシー会社の車両が轢き逃げを起こしました。事故が起きた市内にはグリーンとブルーの二つの会社があり、グリーンが85%、ブルーが15%を占めています。目撃者情報によると車両はグリーンであるといい、目撃者の情報の正確性は80%だといいます。この場合多くの人は目撃者の情報を信じ、事故を起こした車両をブルーだと思ってしまいます。その前に基準となる市内のタクシー会社の占める割合を無視してしまうのです。
 バイアスを受けないようにすることは意識していてもとても難しいものですが、予めバイアスの知識を持っておくことでバイアスに惑わされにくくなるといいます。バイアスに関する知識を知ることも大切だと思いました。

今回は2人のみの発表となりましたが、生活に根ざしたジャンルが多く聞いていて興味深かったです。次回は相澤ゼミの本棚作りを行います。

2024年12月27日金曜日

課外活動:アーティゾン美術館訪問

年の瀬も押し迫った12月27日、ゼミ生有志とともに、東京駅近くにあるアーティゾン美術館を訪問しました。参加者に感想を寄せてもらいました。この美術館、学生は無料です。ぜひ気軽に訪れてほしいと思います。

Cさん

美術館の創設者・石橋正二郎氏の
胸像とともに
美術館を訪れてみての感想は、正直何を感じ取れば良いのか分からないと最初は思っていたが、絵や作品を通して、なぜこの人はこのような表現をこのようなやり方でするのだろうと考えるようになった。また、自分が直感的にいいと思った作品探しに時間を当てるようになった。特に6階のフロアにあった「めくる装置、3つのヴェール」と5階のフロアにあった「バルコニーの女と子ども」は、なぜ良かったのかと聞かれると言語化はできないが、心から感動する何かがあったことは確かだった。いずれにしろ美術館に行くこと自体が初めてだったので、様々な文化や思想に触れることができて良い経験となった。

Eさん

僕の人生で初めて美術館に行きました。学校で行く機会がなかったので、今後も縁がないものだと思っていました。

ゼミ生全体の人数が13人。今回の参加者は2人。(当日欠席が2人)参加希望者は4人なので全体の約3割。参加者のみで数えるなら、2人なので全体の約1.5割。ちなみにもう1人の参加者は美術館を間違えていたので、参加者数を1人にした場合は約0.8割。偏差値の低い高校が定員割れしたみたいな数字です。視力ならまあ普通くらいの数字です。

こぢんまりとした感じでした。(これはこれで結構よかったです)今回の展示で、私は絵画をじっくりと見ました。理由としては、絵を描く事が趣味なのが大きいです。画家によって絵のタッチが異なる点、「紙の材質も全然違うんだなぁ」と、鑑賞素人なのでとりあえず視界に映るありったけの情報を言語化して楽しみました。

私が印象に残っている絵画はエドワード・マネによる自画像です。写真を撮ったので添付しておきます。(撮影許可あったはずです)

なぜこの自画像が印象に残ったかというと、頭のてっぺんから足のつま先まで、等身大の自身の姿を描いているように見えたからです。突飛なデザインで自身をデフォルメしていない点は、正に自画像っぽくて好印象でした。(デフォルメされてても印象悪いとは思いませんが)当時は鏡を用いて自身を描いていた様なので、『ありのままの姿』感が凄く伝わってきました。それに追随するように、紹介文で「作者は生前、親しい間柄の人にしかこの絵を見せなかった」とありました。私の中でより一層、絵に『ありのまま感』が深まりました。

この世を去った後、遠い先の異国の地で、遙か未来の人間に見られている事を知ったら、作者はどう思うのかを考えてみたり。絵を見て色々考える余地が生まれる事を自分に教えてくれた気がしたので、思い出深い絵になったと思います。(思い出と言うにはまだまだ時間は経ってませんが)

絵画を広く見渡していると、「これは俺でも描けるだろ」みたいな絵をちらほら見かけました。美術作品を鑑賞する素人感がてんこもりな自分を恥じました。私は私で、ありのままの自分を受け止めます。これくらいなら親しい間柄じゃなくても全然バレていいです。

2024年12月18日水曜日

2024年度 後期第12回

こんにちは、経営学部3年のKです。12月に入り、銀杏の葉が黄金色に染まり、そして静かに散りゆく様子に季節の移ろいを感じています。さて、今回のブログでは、ゼミ活動の一環として行った映画鑑賞とディスカッションについてお伝えしたいと思います。

◯映画『ズートピア』を鑑賞して

第11回のゼミでは、ディズニー映画『ズートピア』を鑑賞しました。この映画は、動物たちが共存する理想の都市「ズートピア」を舞台に、多様性や偏見と向き合う物語です。今回私たちは、前回の映画鑑賞をふまえて班ごとに感想を話し合い、その内容を全員で共有しました。

『ズートピア』は一見すると可愛らしい動物たちの物語ですが、その裏には現代社会に通じる深いメッセージが込められています。班のメンバー全員が、それぞれの視点からテーマを捉えており、議論が非常に盛り上がりました。以下は、私たちの班で話し合った内容をまとめたものです。

◯映画を通じて感じたこと

まず、班内で最も多く挙がった意見は「差別や思い込みの怖さ」についてでした。映画では、主人公ジュディが「ウサギだから警察官には向いていない」と偏見を持たれたり、肉食動物が「危険な存在」と一方的に見なされる場面が描かれていました。このような描写を通じて、私たちは「無意識のうちに相手をカテゴライズしてしまう怖さ」を改めて考えさせられました。一人のメンバーは、「日常生活でも、外見や職業、背景だけで相手を判断してしまうことがある」と自身の経験を例に挙げていました。例えば、初対面の人と話す際に、先入観が邪魔をしてその人の本質を見抜けなかったことがあるといいます。この話題をきっかけに、「偏見を持たないためには何ができるのか」というテーマで議論が展開しました。

―偏見をなくすためのヒント

班内で意見交換をしていく中で、「偏見をなくすためには、まず自分が持つ思い込みに気づくことが大切だ」という意見が挙がりました。映画の中で、ジュディが肉食動物への偏見を反省し、自らの考えを改めるシーンが特に印象的だったというメンバーもいました。私たちは、自分自身の中にある無意識の偏見や固定観念に向き合うことが、より良い人間関係を築く第一歩だと感じました。また、「対話の重要性」についても話題に上がりました。映画では、ジュディと相棒のニックが互いの過去や考えを理解することによって信頼を深めていく場面があります。このように、相手の立場や背景を知ろうとする姿勢が、偏見を取り除くきっかけになるのではないか、という意見が出ました。特に、メンバーの一人が「普段は気づかない相手の視点を知ることが、自分の考えを広げるきっかけになる」と発言したのが私の印象に残っています。

◯感想共有を通じて得た気づき

班での意見交換を終えた後、感想を全体で共有する時間が設けられました。他の班からも「多様性の尊重」や「理想の社会を実現するための努力」といった意見が挙がり、非常に充実したディスカッションとなりました。その中で、映画を観るだけで満足せず、そのメッセージをどのように日常に生かすかを考えることが重要という意見を聞いて、これまで以上に深く映画を受け止めることができました。

◯最後に

今回の活動を通じて、映画がもたらす感動や教訓を共有することで、新たな視点や考え方を得ることができました。

『ズートピア』は、ただ楽しむだけのエンターテインメント作品ではなく、私たちに多くのことを考えさせる力を持った作品です。班での意見交換を通じて、自分一人では気づけなかった映画のメッセージに触れることができ、とても貴重な経験となりました。

ゼミの活動も残りわずかですが、今回のように仲間たちと意見を交わしながら学びを深めていきたいと思います。そして、映画で得た気づきを、これからの日常生活やゼミ活動にも活かしていければと考えています。