2026年7月15日水曜日

2026年度 前期第12回

 経営学部2年生のKです。テストまで後1週間ちょっとの間、皆さんはどのような勉強をしていますか?もしかしたらレポートも書く必要があり大変な人もいるかもしれません。私は授業でもらったレジュメの穴埋めを解く、授業中に行った小テストの解きなおしなどをしています。とはいえテストが近づいてきて私は、少々焦りを感じています。

こちらが本日の活動報告です。本日はB班の新書報告です。

Yさん:立脇恵子『障害者の居場所』中公新書、2026年

本書は、主に知的障害者を取り巻く現状、思想、国の歴史などを紹介した後に、障害者の居場所をつくるにはどうすればよいのかを考察しています。

Yさんによると障碍者が保護され始めたのには理由があります。それは戦後GHQの介入や高度経済成長による核家族化が進んだことによる家族の負担が増加したこと。ノーマライゼーションという様々な人で社会に参画していこうという考え方が浸透したことなどの理由で知的障害者を受け入れる社会に変化していった過程が書かれているそうです。また著者は、施設に送ることや地域の方と生活をさせるだけでは問題点はあると主張しています。そのため、コミュニティを作り、コミュニティが地域とうまく参画していくという2つの観点が重要だと説明されました。

著者の主張を行うにはかなりの労力や周りの理解や協力が必要なため、一人ひとりが身近に障害者がいる場合、彼らも同じ地域コミュニティになじめるように意識しなければならないことだと思いました。

Oさん:増田隆一『人とヒグマ』中公新書、2025年

本書には、人間とクマの関係が記されています。Oさんはクマが人間を襲うようになったのは人間の開発や地球温暖化によって鮭をはじめとした熊の元々の食べ物が減ってしまったこと。それによりシカを食べるようになると肉の味を覚えてしまったこと。そこから人や家畜を襲うようになったと順序よく説明していました。また昔クマはアイヌの人々から神様のような扱いを受けていました。アイヌだけでなく冬眠するクマのいる地域ではクマは似たような扱いをされているようでした。どうやら冬眠することで何度も生と死を表して人間界と展開をつないでいると考えられました。だから神様のように扱われたと説明されました。

科学の発展や環境が変化しているとはいえ、クマに対する人々の認識は、昔は神様扱いで、今は怖い存在となっているようでした。昔尊いとされていたものでも時代によってその認識は変わっていくことを感じました。

本日の新書報告は、社会問題に触れるようなものでした。どちらの問題も自分たちの身に降りかかる可能性があるかもしれません。そのためもし自身に降りかかったらどうするかを考える必要があるのではないかと感じました。

2026年7月8日水曜日

2026年度 前期第11回

 こんにちは、経営学部3年のS.Y.です。最近は、梅雨があけたと思っていたら夜中に雨が降って、蒸し暑くペタペタします。調べたところ今年の関東の梅雨明けは7/15からだそうです。暑がりなので、移動するたびに汗をかき、涼しい恰好をすれば室内で寒くなってしまいます。皆様は暑中をいかがお過ごしでしょうか。快適に過ごす方法が知りたいです。

さて今回は、A班の発表をご紹介します。

Hさん 廣田龍平『ネット怪談の民俗学』ハヤカワ新書、2024年

 民俗学とは、歴史の主流ではない普通の人たちがどういう風に生活しており今の基盤が成り立ったのかという来歴を考える学問だそうです。

 ネット怪談というのは、不特定多数の人々が構築していく、共同体的な営みです。たとえば、スレッドで実況のように「心霊スポット行ってみた」のようにリアルタイムで書き込まれていくものがあります。

 本書では、ネット怪談の成り立ちが民俗学的に興味深く、まとめるという試みがなされた本です。本書は、いろいろなネット怪談の内容が掲載されており、ネット文化に疎い人にとってはそれを知る機会になります。一方、ネット文化に精通しているひとには民俗学を身近な事例から学ぶ機会となります。そのような一石二鳥な本であるとHさんは紹介していた。

 具体的なエピソードとして、『きさらぎ駅』が紹介されました。とあるネットの投稿者が、寝て起きて気づいたら「きさらぎ駅」に着いており、そこで起こる不思議なでき度とをリアルタイムで投稿していく怪談です。

 この怪談の聴衆であるネットの人の中には、ネタとして面白がる人もいれば、本当かどうか真偽を気にするひともいます。ここで面白いのが、民俗学的に怪談を伝承していくのは後者であるということです。前者のようにネタとして消化してしまう人々の場合、『河童』を例にすると、「河童は剥げている」といった特徴だけが大衆文化として消費されます。その結果、エンタメの枠に入り、怪談の文脈から外れていきます。一方、真偽を気にする人は、真偽を気にする過程で怪談の話にのめりこんでいきます。そのため、怪談の話を伝承させていくのは後者であるということです。

 Hさんの発表を通して、自分はインターネット文化に多少の知識があったので、身近な例から民俗学を見ることができました。また、一見すると、怪談を語る側からしてみれば、話にのめりこめずに設定を気にする斜に構えた聴衆のように思えます。しかし、それゆえに設定を伝承させていくという逆説的な結果が、意外で面白いと感じました。


S.Y. 渡邉雅子『共感の倫理』岩波新書、2025年

 今回は、ブログ執筆を担当している自分も口頭報告をしました。

 本書では、『共感の論理』という題名に著者の教育に関する提言が込められています。その主張に向けて、問題提起、解決策、具体例という構成で述べられています。報告者である私は本書を読み、ページ数が少ないながらも、引用やフレームワークを用いて自身の論理を補強しながら主張を展開している点に面白さを感じました。

 本書での問題提起とは、現在の資本主義社会や競争社会、エネルギー問題など、近代の抱える問題全般です。それらは、資本主義などの欧米発の考え方によって成り立つ社会が引き起こしていると考えられています。そのため本書では、そうした考え方を見直し、改善されたポスト近代のあり方を提言することに帰着しています。

 著者の述べる解決策は、「共感的利他主義」です。「共感的利他主義」とは、近代の競争的・個人主義的な様相と比較すると、共感的・利他的な姿を重視する考え方です。そのような考え方を通じてポスト近代の社会が成り立つことで、問題の解決に至るとされています。

 「共感的利他主義」を育む教育方法として、本書では日本の教育が例に挙げられています。日本の教育では、作文によって感想を書くことで共感力が育まれる。また、学級というまとまりや集団生活を通して、共感力や社会性が育まれる。また、掃除をすることによって利他性が育まれると著者は述べています。

 そのため、日本の教育から糸口をつかみ、ポスト近代へ至るべきだという主張がなされていました。また、現在の日本教育から、それらの「共感的利他主義」を育む教育が失われかけているという新たな問題提起もなされ、本書についての報告は締めくくられました。


 自分の口頭報告をまとめる中で、録音を聞き、文字にまとめ直しました。すると、自分の口頭報告のわかりにくさや、話していた内容を文字に起こしたとして説明不足であることが分かりました。本の内容をよんで面白いと思ったからこそ、自分の面白いと思った感性とともに、その内容部分により焦点を当てて、発表していこうと思いました。また、ブログ執筆を通して、他の人の発表内容をまとめるには、内容を過不足なく理解することが不可欠だと思いました。

2026年7月1日水曜日

2026年度 前期第11回

  経済学部2年のYです。先日コンビニバイトをしている時、レジでお客様から宗教勧誘を受けました。以前からこの手の誘いはよく来ていたのですが、バイト先でも遭遇するとは夢にも思いませんでした。それほど私は悩み事を多く抱えているように見えるのでしょうか。今度お祓いを受けることを真剣に検討してみようと思います。 

 それでは活動報告に移ります。今週はC班の新書報告です。

Kさん:阿部芳郎『縄文時代を解き明かす』岩波ジュニア新書、2024年

 本書は縄文時代の人がどのような道具を使い、何を食べ、どのように暮らしていたのかを解き明かしたものです。縄文文化を明らかにするにあたって動物学、植物学、人類学など様々な分野の知見を取り入れています。

 Kさんは縄文土器には2つの種類があることを取り上げていました。1つは精製土器と言います。我々のよく知る、縄の模様が特徴的な縄文土器がこれに当たります。この土器は祭事によく用いられていたと考えられています。もう一方は粗製土器というものです。こちらは模様がなく、食料の調理や貯蔵など日常的に使われていたようです。

 今まで縄文時代には縄文土器という1つの土器が使われていたと考えていた私にとって、2種類の土器が使われていたという事実は衝撃でした。

 我々の知る日本史より深い内容を取り扱い、教科書までに習った古代のイメージを変えてくれる著作でした。

Eさん:下倉バイオ『「選択肢」の選択史 ニトロプラスのライターはノベルゲームをどう作ってきたか』星海社新書、2025年  

 本書は数々の名作ノベルゲームを生み出してきた著者の、ゲームの常識を疑い、かつてないアイディアを実現するための問題解決の軌跡を追っていったものです。

 この本で著者は、ノベルゲームと小説を分ける要素である「分岐」の存在に目をつけ、ノベルゲームに分岐は必要かという問いを解こうとしました。

 解決にあたり、著者は、ゲームはコンプリートが前提であることを活かしました。タイムリープというゲーム内の設定を用いて、プレイヤーに様々なエンディングを集めさせます。すべてのエンディングが回収されて初めて、真のエンディングを見ることができるという手法を著者は取りました。

 個人的に、これはとても鮮やかな解決策だと感じました。ノベルゲームの分岐の必要性を説き、それでいて唯一無二のアイデアだと思います。名作を生み出すクリエイターの真髄に触れることのできた一冊でした。

Yさん: 印南敦史『現代人のための読書入門 本を読むとはどういうことか』光文社新書、2024年

本書は誰もが読書体験を通して、何かを学ぶことのできた事実を取り上げ、「読書の原点」を問い直したものです。

当書では、本に触れる際には、何か知識を得ようという確固たる意思は必要なく、読みたいという直感的な気持ちが大切であると述べられています。この主張は、ゼミを通して新書への向き合い方を改めようとし、この本を手に取ったYさんにとって目から鱗だったようです。とはいえ、あくまでこの主張は我々に対する提案であり、他の読み方があっても良いというのが著者のスタンスです。

この主張も踏まえて、私は、本に触れるハードルは自分が思うよりずっと低くても良いのだと感じました。読後、我々をより気軽に次の読書に向かわせてくれる著作だと思います。


今回の新書報告は、3冊とも分野は違いますが「当たり前だと思っていた考えを見直す」という共通点があるように感じました。来週は、どんな新たな視点を得られるのか楽しみです。